p-216「野菊の如き君なりき・Wild chrysanthemum」
"待つ人も 待たるる人も かぎりなき 思ひ忍ばむ 北の秋風に"「野菊の如き君なりき」1955年木下恵介監督のタイトル併記の短歌。原作は伊藤左千夫「野菊の墓」。墓が良くないとしてこの題名に変えられた。ちなみに原作にはない伊藤左千夫の短歌が映画では効果的に使われている。 映画の舞台は明治。 15歳の政夫と二つ年上の従姉民子の結ばれない悲恋。「野菊の墓」を歌人・伊藤左千夫最初の小説として発表されると夏目漱石が絶賛した。 原作の舞台は矢切の渡しがある松戸市だが、映画撮影は木下監督が好きだった信州で撮られた。私は白黒の日本の風景を目にすると、一瞬で子供時代に引き戻され、懐かしさが溢れてくる。白黒映画にはカラーにはない、心のひだに沁み入る魅力がある。 映画は73歳になった政夫の回想シーンから始まる。老いた政夫役の笠智衆がとても素晴らしい。 回想シーンに入ると昔のアルバムに模して画面は卵形の白いフレームに囲まれる。この技法には賛否両論がある。風景を狭くしてしまったと今も議論は続いている。私は12歳の時この映画を宮崎市の場末の2番館の大成館で両親と一緒に見た。 「白い枠はもっと緩やかにぼかしを効かせたら良かったのに」とその時思った。 この手法に私は今も影響を受けている。私は絵の周辺をぼかすことが多い。そうすると画面が郷愁に満ちたものに変わる。 政夫・田中晋二、民子・有田紀子、共に新人。 彼らが出演したのはこの映画のみで、その後の出演作はない。 「野菊の如き君なりき」出演時の有田紀子は学習院女子中等科の中学生だった。その後、彼女は北鎌倉高等学校・ 現・北鎌倉女子学園 を経て 早稲田大学文学部を卒業し企業家と結婚した。 嫁ぎ先は、紙幣印刷機などオフセット印刷機の世界的なメーカー 。映画の民子役でも感じたが品の良さはそのような経歴によるものだった。 先日、三島由紀夫原作「豊饒の海・春の雪」の映画作品について投稿した。「野菊の如き君なりき」の政夫と民子の関係は「春の雪」の松枝清顕と綾倉聡子の関係に似ている。 歌人・伊藤左千夫の初小説「野菊の墓」が発表されると夏目漱石が絶賛したので、勉強家の三島由紀夫は必ず読んでいるはずだ。三島は大の演劇好きだ。時期的に映画「野菊の如き君なりき」も見ていたかもしれない。 和歌を効果的に使っている点も「野菊の如き君なりき」と「春の雪」は似ている。 政夫と二つ上の民子の悲恋に触発されて、清顕と二つ上の聡子の悲恋を思いついたと私は想像している。政夫と二つ上の民子のように、「春の雪」の清顕と二つ上の聡子は幼い頃から親しく育った。 しかし三島には独自の美学があった。それで封建的な家に押しつぶされることなく、自由で凛とした主人公清顕を設定したのだろう。 民子は封建制度に束縛され、意に沿わぬ結婚に追い込まれて失意の中で病に倒れ死んだ。嫁いでからは愛する政夫の名は一度も口にしなかった。しかし、死んだ彼女の手には政夫を象徴するリンドウの花と政夫からの手紙がしっかりと握りしめられていた。 「春の雪」の聡子は運命に翻弄されながらも、最後は自分の意思で剃髪し、仏門に入って清顕との恋を封印してしまった。 激しい思いを封印してしまったことは二人の女主人公の共通点だ。 偶然かもしれないが「春の雪」では聡子が死んだ犬に手向ける為にリンドウの花を摘んでいるシーンがあった。 清顕と同じく、民子役の有田紀子が学習院出であることにも「春の雪」との因縁を感じる。 有田紀子の清純さは、今見ても美しい。 「野菊の墓」は3本の映画化作品を始め、無数のドラマや舞台にされている人気作品だ。そのなかで有田紀子「野菊の如き君なりき」は絶大な人気がある。私より上の世代の男性には殊に人気がある。 私を含め「泣けて泣けて仕方がない」と映画を語る老人は多い。 |