i-211「安達太良山の思い出-3」

第三章. 午後の明るいうちに、二本松行きのバスに乗った。席に着くと、少女は「いつ帰りますか」と聞いた。「明日朝、東京へ戻る」と答えると少女は無言で外を眺めていた。
二本松に着いた。二人は他人のように間隔をずらして下車した。

夕食の給仕は年配の女中さんだった。
彼女は笑いながら言った。
「タクシーで岳温泉へ行かれたようですね。
田舎ですから、誰かが見ていますよ。
お客さんは真面目そうだから心配しませんけど、人様の娘を預かっていますので、気を使います」

少女は主人から叱られたと思った。
自分のせいだと思うと気が重くなった。
庭を隔てた大広間では宴会が始まって、深夜までうるさかった。
なかなか寝付けず、夜明け前に少し眠っただけで起床した。
大広間での朝食の時、遠くで給仕をしていた少女は、私と一度も目を合わさなかった。

朝食後、部屋に戻って帰り支度をした。
すると少女がやって来て正座し「どおぞ」と紙袋を私に差し出した。
紙袋を開けようとすると「列車の中で見てください」と言った。

列車の中で紙袋を開けると、
洗ってアイロンを当てた靴下と手紙が入っていた。
「安達太良山へ一緒に行けて、とても楽しかったです。
アルバイトが終わったら手紙を出します」
私は何度も読み返した。

帰京して1週間後に手紙が届いた。
すぐに返事を書いたが、やりとりはそこで終わった。
今は新幹線で乗り継げば3時間弱で二本松に着く。
しかし当時は、とても遠かった。
だから、互いに切なさがあったのだと思う。

今も安達太良山の名を耳にすると、
5月の北国の新緑と少女を思い出す。