i-209「安達太良山の思い出-1」
60年昔の19歳の思い出・第一章. 5月の連休明け、上野で夜行列車に飛び乗った。夜明け前に列車は郡山辺りを走っていた。間もなく左手に朝日に染まった安達太良の山塊が見え始めた。 その広大な山の姿に惹かれるように二本松で下車した。 宿は決めていなかった。 駅員に相談するとは親切にあちこち電話をして宿を手配してくれた。 当時の国鉄駅は観光案内所を兼ねていた。 30分ほど待つと可愛い女中さんが迎えに来た。 「旦那さん、お荷物を持ちます」 小柄な少女は私の背から大きなリュックを無理やり取って担ぎ、元気に歩き始めた。 旦那さんと呼ばれたことと、後ろからついて行く自分がとても恥ずかしかった。 「重いでしょう」と聞くと、那須の開拓農家で育ったから、このくらい平気だと答えた。 宿の主人は少女の親戚で、連休に引き続き高校を休んでアルバイトをしていると話した。 宿に着くと、宿の主人が炬燵へ迎え入れてくれた。 福島の五月の早朝は寒いくらいだ。 主人は七十代半ばの頭を剃り上げた元気な人で、粋な柄の端布を繋いだ半纏を羽織っていた。 「どちらから来なすった」と聞かれたので「東京から」と答えた。 主人は長火鉢の鉄瓶からお茶を入れてくれた。 「二本松でも少年隊が討ち死にしたのに、白虎隊ばかり有名で残念だ。是非に二本松城を見てくれ」 彼は維新のころを昨日の出来事のように話した。 大広間で泊まり客たちと一緒に朝食を済ませた。 それから少し仮眠を取った。 当時は若く、一晩くらい寝なくても平気だった。 駅へ迎えに来た若い女中さんが廊下を通りかかったので、二本松城址への道順を聞いた。 「お昼の後まで待ってくれたら、案内してあげる」 少女は快活に言った。 お昼ご飯のあと、少女の案内で城跡公園に出かけた。 見学より、彼女と散歩するのがとても楽しかった。 九州にはいないタイプで、色白で目鼻立ちがくっきりした子だった。 翌日、安達太良山に登ると話すと、明日は休みだから一緒に行こうと言った。 ただし、宿の人に黙っているように念を押された。 |